安土城

Basic information
name安土城
another nameなし
selected100名城 51
location滋賀県近江八幡市安土町下豊浦

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Photo

復元天守 大手道 石階段

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天主信長の館外観 城普請のモデル 復元天守 復元天守 復元天守 復元天守 復元天守内部 復元天守 復元天守 復元天守 復元天守内部 復元天守 安土城までの道 安土城までの道 安土城入口 安土城入口 安土城入口 大手道 大手道 大手道途中の石垣 大手道途中の石垣 家臣の邸宅跡 家臣の邸宅跡 家臣の邸宅跡 石垣 石階段 石垣 石階段 石仏を再利用した石階段 頂上付近の石階段 頂上付近の石階段 頂上付近の石階段 門跡 信長の廟? 信長の廟 石階段 石階段 天主閣跡石階段 大きな石の石垣 本丸跡天主礎石 天主があった青空 天主閣跡付近の石垣 本丸からの遠望 天主閣跡石階段 用途不明な石 風化した石垣 苔むした石垣 再利用した足型の石 再利用された足型の石 本丸付近の石垣 赤オレンジの木の実 ハ見寺 ハ見寺 オレンジ赤の木の実 三重塔 仁王門 金剛力士像 金剛力士像 安土城入口付近 レンタサイクルの駐輪場

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Data




Map




Record

攻城日時

2019年11月17日

攻城手段

JR琵琶湖線 レンタサイクル

攻城記録

 滋賀県の100名城の一つ、信長の城、安土城。信長は、那古野→清州→小牧山→岐阜→そして安土と城を移りつつ、天下統一に近づいていった。その集大成の豪華絢爛な城。

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観音寺城ほどではないが、ここも標高200m程度、その安土山一帯が安土城。長篠の戦い(VS武田勝頼)に勝利した信長は、天下統一の拠点とする城の築城を丹羽長秀(当時の佐和山城主)に命じ、1576年(天正4年)から3年かけて完成。しかし、1582年(天正10年)6月2日、本能寺の変で信長自刃。明智光秀は一旦安土城に入るものの、迫る秀吉との戦のため数日で安土城を発つ。光秀が発った後、6月14日から15日にかけて謎の火災発生。天主も本丸も炎上焼失。築城からわずか6年で消えた安土城は、謎の多い城。ちなみに、残った建物や石垣は、八幡山城を築城する際に移され、そして城下町も八幡山城の方へ移ったとのこと。(以上、パンフ等から引用)

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 さて、安土城。11時、桑実寺の会議所を出発。自転車ですぐの「安土城天主信長の館」へ。1992年のセビリア万国博覧会(スペイン開催)に出展された、原寸大の安土城復元天主(5、6階部分)を見学。金箔10万枚を使用した外壁は豪華絢爛で圧巻。鯱は信長の清州城をモデルに復元したらしい。天守下の5階部分が、8角形の作りであることがとても珍しい。天主は原寸大のため、その大きさもよくイメージすることができた。外観もさることながら、内部には壁画や天井画等も再現されており、かなりこだわっている。復元天主を拝んだ後は、ショートムービーで予習。

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 このショートムービーがとてもよい。1581年に安土城を訪問したイエズス会のヴァリニャーノの視点からのストーリー。往時の華やかな安土城の天主や、秀吉らの各曲輪を詳細にイメージすることができる。安土城の遺構が石垣のみのため、この天主の館のVRはとてもありがたい。そして、いよいよ安土城へ出発。天主信長の館から自転車で1.2キロ。近い。尚且つ舗装され平坦、人のいない直線道路が多いため、おそろしくスイスイ進む。レンタサイクルの性能も悪くなかったのだろう、下り坂でこがずともかなりのスピードで進むので、原付移動の感覚に近かった。さて、安土城着。まず下から眺める石垣群は圧巻。有名な大手道の始まり部分は、もうそこから見えている。石垣の大手道を進む。左右に信長家来衆の家々跡が雛壇のように並ぶ。秀吉、家康、前田利家、織田信忠など。ショートムービーのおかげでイマジネーションの湧き加減が好調。とても楽しい。全体的に、何だろう、巨大で豪華な雛壇のような印象。てっぺんに大社長が鎮座し、下層にいくにつれ管理職や平社員らの居場所が設けられた、巨大な自社ビルのような印象。もしくは大富豪が君臨するニュータウンのような印象か。石の大手町は広い作りだが、傾斜は決して優しくはない。観音寺城の後であることもありゼエゼエがやまない。階段途中には石仏が再利用された石もあり、うっすらその姿が残っている。階段途中の不意な地面にお賽銭の缶が置いてあるため、すぐにそれと分かる。さらに階段を登りに登る。二の丸跡、そして本丸跡へ。天主台跡には礎石が残っている。本丸の淵の石垣に登る。左に西の湖、前方から右に琵琶湖を眺めることができる。信長はここから琵琶湖方面を眺め、南の坂本城、北の長浜城、西の大溝城を眺め、さらには琵琶湖の奥、京も日常的に上から見下ろす生活だったことがわかる。京の人間を含め低い下界の人間と、かたや遙か高くから見下ろす己とを比べ、安土城天主から悦に浸っていたのではないだろうか。信長がここ安土城天主から眺めてどんなことを考えていたかに思いを馳せつつ、琵琶湖方面をしばらく眺める。天気も良くとても気持ちがいい。ちなみに、琵琶湖の南の坂本城、北の長浜城、西の大溝城について。坂本城は明智光秀。長浜城は羽柴秀吉。大溝城は小田信澄(津田信澄※信長の甥)。それぞれが縄張りを担当し、琵琶湖の水運を完全に掌握していた。さて、安土城天主からの帰路は、重要文化財のハ見寺三重塔、仁王門の金剛力士像を見学。金剛力士像は応仁元年の作らしい。応仁の乱の始まりのその年に作られた像。像は古い分劣化している。そして入場門に戻り、スタンプ押印。ここで12時30分。一服し、急いでレンタサイクル屋へ。延長料金で300円支払い、返却。慌てて琵琶湖線に乗り、本日3城目の彦根城へ向けて出発。

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today's ramen

『住よし』 (名古屋駅新幹線ホーム) かき揚げたまごきしめん 570円



impressions

 安土ではラーメンを食す時間がなかった。今回の3城攻城の最後に名古屋駅新幹線ホームで食べたきしめんをアップ。老舗の人気店「住よし」。仕事関係の方おすすめのきしめん屋。行列だったが立ち食いなので回転は速い。かき揚げたまごきしめんを食す。きしめんの弾力とつるつるした食感がうまい。汁が若干薄い気もしたが、それは東海圏の味なのだろうか、出汁は効いている。たまごが生であることに少しびっくり。5分で完食。おいしかった。



きしめんの写真 きしめんの写真
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