吉田郡山城

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name吉田郡山城
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selected100名城 72
location広島県安芸高田市吉田町吉田字郡山

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Record

攻城日時

2023年2月18日

攻城手段

広島電鉄バス

攻城記録

 広島県の100名城、吉田郡山城。毛利氏活躍の拠点となった西国最大級の山城。郡山城は、14世紀中頃の南北朝時代に安芸国吉田庄の地頭頭として定着した毛利氏が、その勢力を拡大していくなかで一貫して本拠とした山城。

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 城ははじめ郡山東南の一支尾根であったが、毛利元就(1497?1571)の時には標高約400m、比高約200mの郡山全山に拡大され、西日本最大級の戦国山城を築いた。山頂に本丸、すぐ下に二の丸、三の丸周辺には元就の孫輝元時代の石垣が、水の手には石組みの井戸が残っている。
 輝元は1589年(天正17年)豊臣秀吉の招きで上洛後、近世城郭の広島城に着工。1591年(天正19年)に広島城に本拠を移した。関ヶ原の戦い後、郡山城は廃城。
 城域は、東西約1.1km、南北約0.9kmで、南側の麓には内堀が巡り、城内には270段余の平段や、大通院、洞春寺、常栄寺、満願寺などの寺院も建立された。 またこの城下には、祇園縄手、家取縄手、たて縄手などの道路が整備されて、三日市、六日市、十日市などの市と町が形成されていた。※以上100本やパンフより引用。

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 さて、吉田郡山城。広島2日目。7:45発のバスに乗る予定だったが疲労と雨予報のため一つ遅らすことに。8時半過ぎインターゲートホテルを出る。バスセンターまでは11分。時間がなく小走りで急ぐ。バスセンターの3階バス乗り場に駆け上がった時点でもう出発時間。前日に場所と乗り場を確認しておいてよかった。広電吉田出張所行きのバスは広島バスセンター3階8番乗り場。Suica使用可能。1080円、所要時間1時間半程度と出てる。 8時50分、バスに飛び乗り無事吉田郡山城へ向けて出発。

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 生憎窓の外は小雨気味。山間の田舎の同じような光景が続くバス通りを延々と北東へゆく。同じ広島県内とはいえ、距離的には昨日の岩国の1.5倍ほどで遠い。途中霧が濃くなってきたり先行きに一抹の不安を感じる。廃線間近のローカル路線かと思いきや混まないまでも意外に乗客は途切れなく乗ってくる。
 10時40分、安芸高田市役所前着。結局2時間弱かかった。バスを降りるとやはり弱い雨が降っている。予定では吉田郡山城の後、三原城新高山城の予定だったが、友人と相談し吉田郡山城をじっくり見ることに。なかなか遠く、再訪の機会はまずないだろうこととこの雨が理由。一日1城は気持ち的にはかなり楽。
 さて、民族博物館はそこから歩いて10分ほどなのだが、そんな相談をしていたりトイレ等で結局11時頃に安芸高田市歴史民俗博物館着。城をモチーフにしたような外観で立派な建物。まずはスタンプを押しそして資料パンフを獲得。毛利元就から隆元、輝元など見やすくパネル展示されていて、元就の書状なども豊富に陳列されている。中は広く十分に楽しめた。映像などもゆっくり見て、何時頃に出発したのだったろうか。12時40分くらいだったかな。本丸に向けて出発。所要時間はネット等で調べると1時間半程度か。今日は雨だからもう少しかかるかな。
 博物館の横を進み毛利元就像を拝み、元就の火葬場跡(元就はここで75歳で亡くなった)、毛利隆元墓所と歩みを進める。雨は降っている。雨が強まるタイミングで東屋で一服するなどして避難。明日の仕事は同じズボン、同じ靴であるため濡らして汚すわけにはいかない。慎重に歩みを進める。百万一心の碑を過ぎて、毛利家墓所へ。低く垂れ込んだ霧が、毛利家の墓所をより神秘的にしてくれている。元々は洞春寺があったところだが今は墓しかない。何本か出くわした倒木の一本は根本からめりめり倒れているものでまるで地面が捲れているかのようだった。一体何が起きたらこうなるのか。一段高い所に元就の墓所もある。湿り気のある霧の中にたたずむ墓所は、厳かで神聖な空気を纏っていた。
 さて、ここからが本番、本丸へ。出だしで道を間違えたおかげで時間はロスしたが野生の鹿に会うことができた。逃げないように遠巻きに近づいたが、鹿は山へ帰って行った。仕切り直して本丸へ出発。本丸への登山口は百万一心碑の裏側にある。未舗装の箇所もありここからが少しきつくなる。そこそこな登山。雨でぬかるむ足元さえなければもう少しスムーズに登れるのだが。ズボンが汚れないように膝まで裾を上げる。延々と登って歩いて、ようやく二の丸本丸エリアに到着。そう広いエリアではない。二の丸の奥に一段高いところがありそこが本丸跡。無事辿り着くことができた。元々の郡山城は南東の本城のみ。そこから元就が広げて山一帯を城塞化した。さすが関西最大の山城と言われるだけある規模だ。
 この辺りで帰りの時間の算段をする。逆算すると、15時42分のバスに乗る。そのためには15時には下に降りていること。時間はこの時点で14時20分くらいだったろうか。少し急ぎ気味に下山する。勢溜の段などを通り過ぎて下へ降りる。途中の展望台では雨も上がり見晴らしも利く時間帯もあった。麓に降りて最後に清神社を見学。巨大で倒れそうな杉と立派な社殿が印象的だった。ここで15時過ぎくらい。ゆっくり2時間ちょっと歩いたのか。本城跡には行かなかったが他はほぼ全て見て回ることができたし、なかなかこれない場所なので、よい攻城だった。

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today's ramen

『麺や一番』 (youme town吉田内) 広島尾道醤油ラーメン贅沢盛り 825円



impressions

  吉田郡山城の攻城を終えたのが15時くらい。朝以来ご飯を食べていなかった。友人が探してくれた広島焼きの百名店は14時で終了。仕方なくyume town吉田のフードコートでラーメンを食べることに。 広島尾道らーめんと書いてあるので、一応ご当地らーめんにありつける。バス時間が迫っているので急いで食べなければいけない。しかしコート内は客もまばらでほどなくブザーが鳴る
 食べた印象、そうだな、お菓子見たいな感じ。まあそこそこはおいしい。バス時間があるので5分で食べ終え、15時半にいそいそと出る。そして安芸高田市役所前のバス停に到着。間に合った。15時42分発のバスで広島バスセンターに戻る。温かいバスの中で記録を書いている。17時半バスセンター着。明日は仕事だ、、。



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